2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文1

(翻訳者注 : 韓国語の人名や地名は、初出のみ日本語読みを片仮名で表記した。
法律条文等は日本語の原文引用ではなく、韓国語に訳された原文を日本語に訳した。
日本語翻訳 責任 李洋秀(イー・ヤンス)

2012カ合10852
判 決 書


光州(クァンジュ)地方法院(裁判所)


目次
    (判決書の原文には目次がないが、翻訳者が便宜上作成した)

判決                       ・・・・・・・・  4
主文  ・・・・・・・・  4
請求趣旨 ・・・・・・・・  4
理由 ・・・・・・・・  5
1. 認定事実                ・・・・・・・・  5 
ア、当事者らの地位               ・・・・・・・・  5
イ、日本の韓半島(朝鮮半島、以下「朝鮮半島」とする)侵奪と太平洋戦争等の勃発
                        ・・・・・・・・  5
ウ、原告らの勤労挺身隊支援等          ・・・・・・・・  6
エ、勤労挺身隊と慰安婦の区別 ・・・・・・・・  7
オ、日本国の強制労働禁止条約加入    ・・・・・・・・  7 
カ、被告の設立                 ・・・・・・・・  8
キ、太平洋戦争終戦以後の状況      ・・・・・・・・  9
 1)対日平和条約の締結
2)大韓民国と日本国間の国交正常化のための条約と付属協定の締結
3)請求権協定に沿う後続措置
 ク、民官共同委員会の開催             ・・・・・・・・  11
 ケ、第2次世界大戦終了後の各国の戦後賠償     ・・・・・・・・  11
  1)ドイツ国のケース
2)米合衆国のケース
3)カナダのケース
4)日本国のケース
 コ、日本での訴訟経過と原告らの          ・・・・・・・・  13
2.本案前の抗弁に関する判断             ・・・・・・・・  13
 ア、被告の主張                  ・・・・・・・・  13
 イ、判断                    ・・・・・・・・  14
3. 本案に関する判断                 ・・・・・・・・  14
 ア、当事者の主張要旨               ・・・・・・・・  14
  1) 原告らの主張                 ・・・・・・・・  14
2) 被告の主張                  ・・・・・・・・  15
イ、旧三菱の不法行為責任の成立          ・・・・・・・・  15       
 1)準拠法の決定                  ・・・・・・・・  15
 2)判断                     ・・・・・・・・  16
ウ、原告らに関する本件、日本の判決の既判力認定に関して ・・・・・・・・  16
エ、被告が旧三菱の債務を負担するかに関して      ・・・・・・・・  18
オ、請求権協定によって原告らの請求権が消滅したという主張に関する判断 19
カ、消滅時効の完成主張に関する判断          ・・・・・・・・  20
 1)準拠法の決定                   ・・・・・・・・  20
 2) 消滅時効が完成したという抗弁の可否        ・・・・・・・・  21
キ、損害賠償の範囲に関する判断            ・・・・・・・・  22
 1)慰謝料の金額                   ・・・・・・・・  22
 2)原告金中坤の相続分に関する判断          ・・・・・・・・  24
 3)遅延損害金の起算日                ・・・・・・・・  24
ク、小結論                      ・・・・・・・・  25
4.結論                         ・・・・・・・・  25

光州地方法院
  第12民事部 

判決
事件 2012カ合10852
原告 1. 梁錦徳(ヤン・クムドク) 光州広域市 以下省略
2. 李東連(イー・ドンリョン) 光州広域市 以下省略
3. 朴海玉(パク・ヘオク) 光州広域市 以下省略
4. 金性珠(キム・ソンジュ)京畿道(キョンギド)安養市(アニャンシ)以下省略
5. 金中坤(キム・チュンゴン)蔚山市 以下省略
原告らの訴訟代理人 法務法人イウス
担当弁護士 弁護士 林仙淑(イム・ソンスク)、弁護士 金偵鎬(キム・ジョンホ)
原告らの訴訟代理人弁護士 鄭彩雄(チョン・チェウン)、李尚甲(イー・サンガプ)、
林台浩(イム・テホ)、金正熙(キム・ジョンヒ)、程仁基(チョン・インギ)、
金相訓 (キム・サンフン) 
被告 三菱重工業株式会社
日本国東京都港区港南2-16-5
代表取締役 大宮英明
訴訟代理人弁護士 金勇出(ヨンチュル)
弁論終結 2013年10月4日
判決宣告 2013年11月1日

主文
1.被告は原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠に各150,000,000ウォン、原告金中坤に80,000,000ウォン及び上の各金額に対して2013年10月4日から年5%の、次の日からすべて払い終える日までは年20%の各比率による金を支給せよ。
2.原告らの残りの請求を各棄却する。
3.訴訟費用の1/4は原告らが、3/4は被告が各負担する。
4.第1項は仮執行できる。
 
請求趣旨
被告は原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠に各200,000,000ウォン、原告金中坤に450,000,000ウォン及び上の各金額に対して、本件の訴状送達翌日からすべて払い終える日までは年20%の比率による金を支給せよ。


理由
1.認定事実
ア、当事者らの地位
亡金淳禮(キム・スルレ) 、亡金福禮(キム・ボンネ)と原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠(以下「原告ら」とする)は皆1929年頃から1931年頃の間に韓半島(朝鮮半島、以下「朝鮮半島」とする)で出生した韓国人であり、原告金中坤は亡金淳禮の夫であり 、亡金福禮の兄である。三菱重工業株式会社(被告と区別して「旧三菱」とする)は日本で設立され、機械製作所、造船所等を運営する会社である。
イ、日本の朝鮮半島侵奪と太平洋戦争等の勃発

  1) 日本政府は1910年8月22日、大韓帝国と間に韓日合併条約を締結した後、1937年頃起きた中日戦争と1941年頃起きた太平洋戦争を継続しながら、軍需産業での労働力不足が深刻化すると、これを解決するために1938年4月頃「国家総動員法」を、1939年7月頃「国民徴用令」をそれぞれ公布し、朝鮮半島では募集形式の労務動員計画を実施して、労働力の統制と総動員体制を確立しようとしたし、1940年頃には「朝鮮職業紹介所令」を公布し、1941年頃には「国民勤労報国協力令」を施行し、1942年頃には「国民動員計画」を立て、戦争のための軍需産業に必要な労働力動員を拡大させて行った。

2) 日本政府は1943年9月13日次官会議で、必要な女性勤労要員を確保するために「新規学校卒業者、14歳以上の未婚者、整備されるべき不急不要学校在学者、企業整備に依る転職可能者」を動員対象に、「航空機関系工場、政府作業窓」を配置場所に、「道庁府県の指導の下、市郡村長に就職勧奨を努力するようにさせて、班常会、部落会、隣組、婦人会、学校長らを相手に積極的に協力させ道庁府県の指導の下、学校長らが学校卒業者たちを対象に女子挺身隊を募集すること」を動員方法とする「女子勤労動員の促進に関する件を議決したし、1944年3月18日には「女子挺身隊制度強化方策要綱」を決定し、日本国内の女性たちを強制的に挺身隊に組織させ、必要な業務に協力することを命令することが可能なようにしたし、1944年6月21日には「女子挺身隊受入側措置要綱」を決定した。日本政府は1944年8月23日「女子挺身勤労令(1944年勅令第519号)」を公布施行し、朝鮮半島でも施行した。

3) 朝鮮半島での勤労挺身隊動員は上のような「女子挺身勤労令」の施行前から行われていたが、1944年頃以後は特に増えて国民学校(現在の初等学校=日本の小学校)を通じて、国民学校の6年生や国民学校の卒業生たちを対象に募集が行われた。

4) 女子挺身隊制度強化方策要綱及び女子挺身勤労令では基本的に国民登録者である女性たちを挺身隊隊員とすることと定めているが、当時朝鮮半島で女性の国民登録は技能者、即ち12歳以上40歳未満の技能者で中学校程度の学校卒業者または実力と経験に依って鉱山技術士、電気技術者、電気通信技術者等で現職に就業していたり、依然に働いたことのある者だけに限定されており、国民登録者の範囲は極めて狭かった。しかし上の女子挺身隊制度強化方策要綱及び女子挺身勤労令には「特に志願をした者は挺身隊員とすることを妨げない」と規定していたので、朝鮮半島ではやはり上のように志願という形式で勤労挺身隊の募集が行われた。募集された
勤労挺身隊員たちは旧三菱工場、不二越鋼材工業株式会社富山工場、株式会社東京麻糸紡績、株式会社(東京麻糸)沼津工場等の軍需工場に動員された

5) 女子挺身勤労令は勤労挺身隊を受け入れようとする者は地方長官(日本の都道府県知事に相当)にこれを請求または申請し、地方長官がその必要性を認めれば市町村長その他団体の長または学校長に対して隊員の選抜を命じ、その結果の報告を受けて地方長官が隊員を決定し通知すれば、この通知を受けた者は勤労挺身をし、勤労挺身隊を受け入れた者が原則的にその経費を負担することと規定している。

ウ、原告らの勤労挺身隊支援等

1) 原告らは1944年5月頃、自身が卒業したり在学中の国民学校の校長、担任教師 
や隣組の愛国班班長から、勤労挺身隊に志願して日本に行けば上級学校に進学させてくれ、お金も儲けられるという話を聞いて勤労挺身隊に志願した。原告らの家族は、原告らが勤労挺身隊に志願するのを反対したが、勤労挺身隊志願を勧誘した人たちは満13、14歳に過ぎない原告らに、勤労挺身隊に志願しなければ家族に危害を加えると脅迫したりした。

2) 原告らは1944年5月末頃、各自の住居地付近で他の勤労挺身隊員たちと集結し、彼女らと共に列車に乗り、麗水(ヨス)に行って船に乗って、日本の下関港に到着し、そこから汽車に乗り名古屋まで移動し、そこにある当時旧三菱の名古屋航空機製作所道徳工場(以下「本件の工場」とする)に行った。

3) 原告らは本件の工場、第四菱和寮に労務者として配置されたが、原告梁錦徳、李東連、亡金淳禮は飛行機部品にペイント塗をする仕事を、原告朴海玉はジュラルミン板に飛行機部品を描いて運ぶ仕事を、原告金性珠はジュラルミン板を切断する仕事を、原告亡金福禮は長いパイプに布を結ぶ仕事をした。原告らは作業をしている途中でよそ見をしたり、話をすることはできなかったし、トイレに行くのにも許可を得なければならず、日本人班長から暴力を振るわれたりした。原告らは原告金性珠が作業の途中に切断機で左手の人差し指を切り取られる傷害を負う等、作業中に怪我をしたりしたが、適切な治療は受けられなかった。

4) 原告らは各自の作業場で、日曜日を除いては毎日朝8時から夕方6時まで 上のような労働をしなければならず、一日の作業が終ると旧三菱が用意した寄宿舎に帰って食事をしたが、食事の量や質は著しく粗末で、4坪程の狭い部屋に6~8人の勤労挺身隊員が詰め込まれて生活した。朝鮮半島に残っている家族との書信交換も事前検閲に依って、その内容が制限された。

5) 原告らは自由な外出ができなかったし、集団で外出する時にも監視員が同行した。原告らは元来の約束とは異なり、学校教育も受けられなかったし、賃金を支給された事実もない。

6) 1944年12月7日午後1時30分頃、東南海地震が発生したが、亡金淳禮は本件の工場のうち、相当部分が崩壊して死亡したし、原告梁錦徳は天井が崩れ落ち鉄の棒が脇腹を貫通する傷害を負った。

7) 東南海地震以後、名古屋への空襲がひどくなると1945年1月頃本件の工場のうち、本部事務所、組立、部品制作部門は富山県にある大門工場に移転し、原告らも1945年春頃大門工場に移動した。日本が1945年8月15日第2次世界大戦に敗れると勤労挺身隊員らは1945年10月頃朝鮮半島に帰国した。

8) 原告らは帰国以後、周辺の人たちが勤労挺身隊員を慰安婦と誤認するや、勤労挺身隊員として日本に行って来た事実を隠したが、原告梁錦徳は結婚して10年程過ぎた後、その事実を知ることになった夫が家出したし、原告李東連は夫が死亡するまでその事実を隠し通したし、原告朴海玉はその事実を知ることになった夫と1994年10月頃離婚したし、原告金性珠はその事実を知ることになった夫から暴行を受け続けた。

エ、勤労挺身隊と慰安婦の区別

 1) 1930年代以後、特に日中戦争や太平洋戦争が全面化する1938年頃から1945年頃に至るまで、朝鮮半島の女性のうち多数が軍慰安婦として連行されたが、その大部分は10代から20代までで、未成年の女性も多かった。

 2) 上で見たように1943年頃から1945年頃まで、主に国民学校卒業直後の12歳から16歳程度の幼い少女たちが勤労挺身隊員に動員され日本に送られたが、その数は軍慰安婦に比べれば少数である。

 3) 軍慰安婦の場合、警察と軍隊の介入、拉致等の方法で連行されたりしたが、ほとんどは「工場に就職させてあげる」、「腹いっぱい食べられる」、「お金を沢山くれる」等の言葉で騙し、看護士、女子挺身隊、慰問団等に就業させて上げるかのように誘惑する方法で募集した。勤労挺身隊の場合、「女学校に通える」、「働いてお金も儲けられる」と騙して動員したし、ほとんどの場合は上で見たように国民学校の教師、校長、面長(村長に該当)等、行政機関や憲兵が関与して募集した。

 4) 軍慰安婦を募集する時、慰安婦という名前で募集したケースはほとんどなく、従軍看護員、女子挺身隊、慰問団、歌劇団、奉仕隊等、色々な名前で募集した。朝鮮半島では1940年以後、農村挺身隊、学徒挺身隊、報国挺身隊、国語普及挺身隊、報道挺身隊等、朝鮮総督府もしくは日本軍に依って挺身隊という名称が書かれた組織は社会全般にわたっていたし、1944年以後朝鮮総督府は大々的な宣伝で勤労挺身隊を動員した。

オ、日本国の強制労働禁止条約加入

 1) 日本国は1930年6月28日強制労働に関する条約を採択し、上の条約を1932年10月15日批准して、1932年11月21日批准登録した。

 2) 上の条約は強制労働を「ある者が、処罰の脅威の下に強制された、その者が任意に申し出たものでないすべての労務」と規定(上の条約第2条第1項)」している。また上の条約は例外的に強制労働が認定される場合を規定(上の条約第10条第1項)してはいるが、そのような場合でも推定年齢18歳以上45歳以下の壮健な男だけに強制労働させられる規定(上の条約第11条第1項)しており、女性や18歳未満の児童に対しては、いかなる強制労働も禁止している。

 3) 上の条約は合法的な強制労働の場合にも、相当金額の賃金を支給しなければならないと規定(上の条約第14条)している。

<2へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:02 | 韓国レポート


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