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2013.11.7 韓国での不二越訴訟 第一回弁論

11月7日、不二越訴訟第一回弁論が開かれました。

原告は金正珠さん、金啓順さん、金明培さんが参加されました。
裁判後、原告代理人張完翼弁護士からの報告を要約します。
前日まで不二越側は代理人が決まっていない状態でしたが、裁判当日に決まったようで、裁判には出席しました。相手側の弁護士の名前もわからない状態。不二越側から事前の書面提出がなかったため、裁判官は原告側に質問をしました。

原告代理人は、真相糾明委員会が調査した被害者や遺族たちの証言や、日本での訴訟の判決文からも原告が不二越で勤務した事実関係はすでに立証されていること、事実関係については争う必要はないことを説明し、本人陳述の申請をしました。

次回裁判期日は、1月14日午後2時~です。

当日正午から太平洋戦争被害者補償推進協議会の皆さん、そして光州から名古屋三菱の原告梁錦德さんと勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会のみなさんも参加し、日本大使館前で記者会見を行い、安倍首相宛の要望書を提出しました。

映像はこちらで

by fujikoshisosho | 2013-11-11 13:57 | 韓国レポート

2013.11.7 安倍総理宛の要望書

11月7日、ハルモニたちが日本大使館に提出した、安倍総理宛の要望書です。

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要 望 書

日本内閣総理大臣安倍晋三 宛
2013年11月7日

太平洋戦争被害者補償推進協議会
勤労挺身隊おばあさんと共にする市民の会
第二次不二越強制連行強制労働訴訟を支援する北陸連絡会

私たちはアジア太平洋戦争末期の1944年、1945年それぞれ不二越(株)、三菱重工業(株)などに動員され、強制労働被害を被った「女子勤労挺身隊」被害者たちとこれら被害者の人権回復のために活動している市民団体です。

よく知られていますように、「女子勤労挺身隊」に動員された人々は、13~15歳の幼い時日本の軍需企業に引きずられ、幼い少女としては耐えがたい労働を強制された「戦時女性および児童に対する重大な人権蹂躪事件」の被害者です。特に「日本に行けばお金も儲けて勉強も教える。いい上級学校に行ける」と、幼い子供たちに嘘をついたことは非常に非難されるべきことです。

被害者たちは女性という特殊性により、韓国に帰ってからも「日本軍慰安婦」として誤解され、結婚に大きな難しさを経験しました。その上、結婚した後にも「戦争の時、日本に行ってきた女」という理由で家庭が破壊され離婚までされるなど、永い間、痛みを体験して生きてこなければなりませんでした。

去る2012年韓国の大法院が、日本企業を相手に起こされた日帝徴用被害者の損害賠償請求訴訟で、被告企業に賠償しろという趣旨の判決を下したことに続き、2013年11月1日光州地方法院も、やはり、三菱重工業に動員された女子勤労挺身隊の被害者に賠償しろという判決を下しました。もう一度強調しますが、当時13~14歳の幼い被害者に強制した強制労働は、日本政府が1932年批准した国際強制労働規約から照らしてみても過ちであり、普遍的な人権の観点からみても決して許されることはできない非人道的な犯罪です。
日本政府は1965年韓日請求権協定により、すべての問題が解決されたと主張していますが、韓国司法府だけでなく日本弁護士連合会も個人請求権は依然として有効と判断しています。たとえ過去の日韓条約の締結過程で、韓国政府の責任が一部あるとしても、日本政府の責任は依然として残っています。

私たちは必ずしも裁判ではなくても、企業の前向きな姿勢によりいくらでも解決方法はあると考えます。西松建設(株)の和解の事例を取上げなくても、不二越(株)は2000年1次訴訟で原告らと和解したことがあり、三菱重工業(株)もやはり去る2010年11月から2012年7月まで問題解決のため被害者らと直接交渉をしました。すでに先例がないわけでもなく、韓日関係の未来を考える時、いつまで避けて通れる問題でもありませんので、今回の機会に、問題解決のため、より開かれた姿勢で臨むことを期待しています。

しかし、最近、新日鉄住金が韓国で確定判決が下された場合に判決結果を受け入れる意向を示すと、日本政府は個別企業の対応にブレーキをかけていることに対し、私たち被害者の原告や関係者は非常に遺憾と考えます。そうではなく、日本政府は前向きな立場から、該当する企業らと共に、日帝強制動員問題に対し、包括的な政治的解決策を提示したほうが正しいと考えます。

私たちは韓日関係が葛藤を越えて東アジア平和のため、お互い顔を向き合い、共に発展して行くことを願っています。このため、日帝強制動員被害者問題は必ず解決しなければなりません。特に、被害者が高齢という点を考慮し、早く問題を解決すべきです。東アジア発展のため、韓国と日本がいっしょに中心軸になれることはそんなに難しくありません。日本政府の前向きな姿勢の変化をもう一度促し、問題解決に積極的に出ることをご要請します。

以上
 <번역 조승미>
by fujikoshisosho | 2013-11-11 13:29 | 韓国レポート

2013.11.7 韓国での不二越訴訟第一回裁判 記事

11月7日、韓国のソウル中央地方法院で不二越訴訟の第一回弁論が行われました。
日本でも報道されています。

<11月8日 北陸中日新聞より>
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<11月7日 ニュース1(韓国)より>

勤労挺身隊の被害者と市民団体、日本に解決要求
"日本政府、強制動員問題の政治的解決策を提示しなければ″

(ソウル=ニュース1)李フミン記者=

太平洋戦争当時不二越、三菱重工業など日本企業に動員され強制労働の被害を被った「女子勤労挺身隊」被害者たちが7日、日本政府に早急な問題解決を促した。

太平洋戦争被害者補償推進協議会と勤労挺身隊ハルモニと共にする市民の会、第2次不二越強制連行強制労働訴訟を支援する北陸連絡会などの団体と勤労挺身隊の被害者らはこの日の昼間12時頃、ソウル鍾路区(チョンノグ)の駐韓日本大使館前で記者会見を行い、問題解決を促す文書を日本の安倍晋三総理宛に渡した。

これらの団体は「女子勤労挺身隊に動員された人たちは幼い年齢で軍需企業に連行されて、耐えがたい労働を強要された戦時中の女性および児童に対する重大な人権蹂躪事件の被害者」として「幼い被害者らに強要された強制労働は、日本政府が1932年に批准した国際強制労働規約に照らしても誤ちであり、普遍的人権の観点からも許されない」と指摘した。

続いて「あえて裁判でなくても、企業の前向な姿勢でいくらでも解決方法はあると考える」として、「韓日関係の未来を考える時、いつまで避けて逃げられる問題ではないだけ、今回の機会に問題解決のためにより開かれた姿勢で臨むことを期待している」と明かした。

また「最近、新日鉄住金が韓国で確定判決が下された場合、結果を受け入れる意向をほのめかすとすぐに、日本政府が個別企業対応にブレーキをかけたことに対して非常に遺憾に思う」としながら、「日本政府が前向きの立場から該当企業と共に日帝強制動員問題に対する包括的な政治的解決策を提示することが正しい」と明かした。

これらの団体は合わせて「韓日関係が葛藤を越え、東アジア平和のために顔を向き合って共生発展することを願う」として、「被害者が高齢という点を考慮して、早期に解決しなければならない」と促した。

一方、この日の午前10時には勤労挺身隊被害者の不二越に対する損害賠償請求訴訟の初の審理が開かれた。

先立って光州地方裁判所は去る1日、梁錦徳(ヤン・クムドク)ハルモニ(82)ら5人が三菱を相手に起こした損害賠償請求訴訟で一部勝訴の判決をしたことがある。
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:53 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国地方法院判決文6

キ、損害賠償の範囲に関する判断

 1)慰謝料の金額
   下で説示する原告らの年齢と性別、不法性の程度及びその故意性、被告がこのような不法行為に至ることになった経緯及びその関与程度、それに因る原告らの被害の程度、にもかかわらず不法行為以後50年を超す期間の間、責任を否定した被告の態度の程度等の、当審弁論終結当時までに発生した一切の事情と共に、本件の不法行為時と当審弁論終結時の間の長期間の歳月が経過することに沿った国民所得水準や通貨価値の変動等を考慮し、このように不法行為時と弁論終結時間の通貨価値の変動等を考慮した慰謝料賠償債務の遅延損害金は、例外的にその慰謝料算定の基準時である事実審の弁論終結当日から発生すると見なければならないことに沿って、不法行為時から弁論終結時まで長期間の間賠償が遅延したのにその期間に対する遅延損害金がまったく加算されなくなるという事情まで綜合的に考慮してみると(大法院2011年1月13日宣告2009タ103950判決、大法院2011年7月21日宣告2011財タ199全員合議体判決等参照)、被告が支給しなければならない慰謝料は、本件の弁論終結日を基準に原告ら、本件の勤労挺身隊員一人当り150,000,000ウォンに、勤労挺身隊員の家族である原告金中坤本人の慰謝料は30,000,000ウォンに各定めるのが相当である(本件の慰謝料は、被告が同一な釜山高等法院2012ナ4497事件の原告らは当時満28歳から22歳の男性たちで、強制労働期間が11ヵ月程度なのに比べ、本件の原告らは当時13、14歳の女性たちで、日本が1932年頃批准登録した強制労働に関する条約に依れば、絶対的に強制労働が禁止される齢だったし、強制労働期間が1年5ヵ月程度である点等を参酌して算定した)。

   ア)被告は朝鮮半島に対する不法な植民地体制を固めて、日本帝国主義の膨張のために侵略戦争を遂行しようとする日本政府に積極的に協力し、綿密な計画の下に、充分な判断能力を持てない満13、14歳の原告らを、上級学校への進学、充分な賃金提供等と欺罔したし、これに原告らの家族が反対すると家族に危害を加えるかのように原告らを脅す方法で強制連行した。

イ)被告は上のように原告らを強制に連行し、過酷な行為を加えながら強制労働を強要した。これに因って原告らは幼い齢で家族と離別し、家族の保護を受けるとか、家族を扶養する機会を奪われ、教育の機会や職業選択の自由も剥奪されたまま、ただ日本国が敗戦する時まで被告が強制する日程と規範に従って労働に従事するしかなかった。

ウ) 被告は原告らに強制労働を強要しながら、最小限の保護義務を提供や賃金の支給もしなかったし、食事も粗末で外出や家族と行き来する手紙も制限・検閲した。

エ)亡金淳禮は本件の工場内で東南海地震で死亡したし、原告金性珠は本件の工場で強制労働をしていた時に人差し指を切断する怪我を負ったりした。

オ)進んで慰安婦と挺身隊はすべて形式的には勧誘に依るものではあるが、その勧誘が事実上経済的利益を装った欺罔に過ぎないもので、行政機関が募集に関与する等、慰安婦と挺身隊の間には類似点が多く、当時日本国内でも慰安婦という言葉より挺身隊という言葉が広く使われ、被告も勤労挺身隊員である原告らが慰安婦と大韓民国で混同されるだろうという点を予想したように見え、原告らは実際に慰安婦と誤解され、正常な結婚生活を営為できなかったり、夫に自身の過去を事実通りに言えないまま60年暮して来ざるを得なかった。

カ)第2次世界大戦の終了後、世界各国は戦争に因る強制労働者等被害者に戦後賠償のための特別法を作る等、賠償のために努力しており、軍需企業もまた同じように努力しているのに反して、被告と日本国は原告のような強制徴用被害者に対していかなる損害賠償もしないまま50年を超す期間の間、責任を否定した。

 2)原告金中坤の相続分に関する判断
   原告金中坤は自身の妹である亡金淳禮の相続人として金淳禮の慰謝料を請求すると主張するので調べてみたところ、金淳禮が1944年12月7日死亡した事実は前で見た通りで、当時家族内の女子が死亡した場合、父が相続するのが慣習法といえるが、この法院の強制動員犠牲者等支援委員会に対する2013年7月3日付け事実照会結果に依れば、金淳禮が死亡した当時金淳禮の父である金泰源が生存していた事実が認められるので、金淳禮の慰謝料は上の金泰源が単独相続したということができ、原告金中坤が金淳禮の相続人であることを前提とする原告のこの部分の請求は理由がない。
   次に原告金中坤は自身の妻である亡金福禮の相続人として金福禮の慰謝料を請求すると主張するので調べてみたところ、金福禮が死亡した当時相続人として配偶者である原金中坤及び3名の子女がいたという事実は前で見たのと同じなので、原告金中坤は金福禮の慰謝料のうち、その相続持ち分に従って50,000,000ウォン(150,000,000ウォン×3/9)の相続を受けるというべきである。

 3)遅延損害金の起算日
   原告らは被告の慰謝料支給債務に対して、本件の訴状送達翌日からの遅延損害金を請求している。
   慰謝料の算定においては弁論終結当時までに発生した一切の事情が、その参酌対象になるのみならず、慰謝料の算定の基準になる国民所得水準や通貨価値等も弁論終結時のものを反映させなければならないが、不法行為が行われた時期と近い頃に、
  通貨価値等の特に大きな変動がない状態で、慰謝料の金額が決定される場合には、その債務が成立した不法行為時から遅延損害金が発生すると見ても特別に問題になることはないが、不法行為時と弁論終結時の間に長期間の歳月が経過し、慰謝料を算定するにおいて必ず参酌するべき弁論終結時の通貨価値等に、不法行為時と比較して相当な変動が生じた時にも、不法行為時から遅延損害金が発生すると見る場合には、顕著な過剰賠償の問題が起きるといえるだろう。したがって不法行為時と弁論終結時の間に長期間の歳月が経過し、慰謝料を算定するにおいて必ず参酌するべき弁論終結時の通貨価値等に、不法行為時と比較して相当な変動が生じた時には、例外的にでも不法行為に因る賠償債務の遅延損害金は、その慰謝料算定の基準時である弁論終結当日から発生するとだけ見るべきである(大法院2011年1月13日宣告2009タ103950判決参照)。
   このような法理に照らしてみると、本件の場合、不法行為時の終了日である1945年頃から本件の弁論終結時である2013年10月4日までの間に60年以上の長期間が経過して通貨価値等に相当な変動が生じたし、そのように変動した事情まで参酌して本件弁論終結時を基準に慰謝料の受取額を決定したので、本件の弁論終結日以後の期間に対してだけ遅延損害金を支給するべきである。したがって原告らの上記慰謝料に対して、本件訴状副本送達翌日から、本件弁論終結日前日である2013年10月3日までの遅延損害金の支給を求める部分は理由がない。

ク、小結論
したがって被告は、原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠に各150,000,000ウォン、原告金中坤に80,000,000ウォン(=亡金福禮の慰謝料のうち、原告金中坤が相続した50,000,000ウォン+原告金中坤本人の慰謝料30,000,000ウォン)及び上の各お金に対して、前で見たように本件弁論終結日である2013年10月4日から本件判決宣告日である2013年11月1日までは民法で定めた年5%の、その翌日からすべて払い終える日までは訴訟促進特別法で定めた年20%の各比率による遅延損害金を支給する義務がある。

4.結論
 今やっと小学校を卒業した少女たちは、学校に通わせてくれて、お金も儲けさせてくれるという虚言に騙されて故郷を離れるしかなく、日本で非人格的な待遇と過酷な強制労働に苦しめられるしかなかった。少女たちの内、ある者は日本で生き残れなかったし、生き残った者たちは故郷に帰って来たものの、慰安婦と非難されるのが怖くて自身の被害に対して自ら沈黙しながらわが韓国社会から疎外されて暮すしかなかった。50年以上もの歳月が流れ老婆になった少女たちは大韓民国政府に無視されたまま、韓国の市民団体と日本の良心的知識人、弁護士らの助けで10年余りをかけて日本と行き来し裁判を行った。そして今や80歳を越し、杖と車椅子に頼りながらこの法廷に立つ原告らを見ながら、われわれは皆同じ人間として原告らのような歴史の被害者たちに今後も関心を持ち続けるべきであろう。最後に日本政府と被告のような企業は、これからでも原告らのような強制徴用被害者の痛みに関して関心を持ち、積極的に解決に向かった時、両国の市民と政府の間のわだかまった感情の問題も解決できるだろうと思う。
 以上のような理由から原告らの本件請求は各上の認定範囲内で理由があるのでこれを認容し、各残りの請求は理由がなくこれを棄却することにして、主文の通り判決する。

  裁判長 判事 李鐘匡(イー・ジョングァン)
      判事 柳鳳根(リュー・ボングン)
      判事 柳智元(リュー・チウォン)
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:18 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文5

エ、被告が旧三菱の債務を負担するかに関して
    まず旧三菱の解散及び分割に伴う法人格の消滅の余否、第2会社及び被告が旧三菱の債務を継承するかどうかを判断する基準になる準拠法もまた、法廷地である大韓民国の抵触規範に依って決定されるべきだが、その法律関係が発生した時点は旧渉外私法が施行された1962年1月15日以前からその後までにわたっている。その内1962年1月15日以前に発生した法律関係に適用される大韓民国の抵触規範は、前でみた「法令」である。上記「法例」は旧三菱と第2会社及び被告の法的同一性の余否を判断する法人の属人法に対して明文の規定を置いてはいなかったが、法人の設立準拠地法や本拠地法に依ってこれを判断すると解釈されていたし、旧三菱と第2会社及び被告の設立準拠地と本拠地はすべて日本なので、旧三菱の解散および分割に従った法人格の消滅の余否、債務承継の余否を判断する準拠法は一旦日本法になるだろうが、ここに会社経理応急措置法と企業再建整備法が含まれるのは当然である。しかし一方、上記「法例」第30条は「外国法に依る場合、その規定が公共の秩序または善良な風俗に反する時には、これを適用しない」と規定していたので、大韓民国の抵触規範に従って準拠法に指定された日本の法を適用した結果が大韓民国の公序良俗に違反するなら、日本の法の適用を排除して法廷地である大韓民国の法律を適用しなければならない。また1962年1月15日以後に発生した法律関係に適用される旧渉外私法においても、このような法理は同様である。
     本件で外国法である日本の法を文言そのままに適用することになれば、原告らは旧三菱に対する債権を被告に対して主張できなくなるが、前に認定事実で見たように、旧三菱が被告に変更される過程で被告が旧三菱の営業財産、役員、従業員を実質的に承継し、会社の人的、物的構成には基本的な変化がなかったのに、戦後処理及び賠償債務解決のための日本国内の特別な目的の下に制定された、技術的立法に過ぎない会社経理応急措置法と企業再建整備法等日本の国内法を理由に、旧三菱の大韓民国国民に対する債務が免れる結果になることは、大韓民国の公序良俗に照らして容認することはできない。(大法院2012年5月24日宣告2009タ22549判決)
 したがって日本法の適用を排除して当時の大韓民国の法律を適用してみると、旧三菱が上記認定事実のカ、項で見たように、責任財産となる資産と営業、人力を第2会社に移転して同一の事業を継続したのみならず、被告自ら旧三菱を被告の企業歴史の一部分として認定している点等に照らして、旧三菱と被告はその実質において同一性をそのまま維持しているものと見るのが相当で、法的には同一の会社と評価しても充分で、日本国の法律が定めるところによって旧三菱が解散し第2会社が設立された後、吸収合併の過程を経て被告に変更される等の手続きを経たからといって別なものと見るべきではないので、原告らは旧三菱に対する請求権を被告に対しても行使できる。

オ、請求権協定によって原告らの請求権が消滅したという主張に関する判断
    調べてみると前の認定事実で見た請求権協定の締結経緯とその内容及び後続状況等に依って知ることができる次のような事情、即ち①請求権協定は日本の植民地支配の賠償を請求するための交渉ではなく、サンフランシスコ条約第4条に基づいて韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を政治的合意に依って解決するためのもので、請求権協定第1条に依って日本政府が大韓民国政府に支給した経済協力資金は第2条による権利問題の解決と法的対価関係があるとみられない点、②請求権協定の交渉過程で日本政府は植民地支配の不法性を認めないまま、強制動員被害の法的賠償を原則的に否認したし、このために韓日両国の政府は日帝の朝鮮半島支配の性格に関して合意に至らなかったが、このような状況で日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配に直結した不法行為に因る損害賠償請求権が、請求権協定の適用対象に含まれたと見るのは難しい点等に照らしてみれば、原告らの損害賠償請求権に対しては請求権協定で個人請求権が消滅しなかったのは勿論のこと、大韓民国の外交保護権も放棄されなかったとみるのが相当である。
    仮に原告らの請求権が請求権協定の適用対象に含まれるとしても、①国家が条約を締結し外交的保護権を放棄するだけに止まらず、国家とは別個の法人格を持つ国民個人の同意なしに、国民の個人請求権を直接的に消滅させられるとみることは、近代法の原理と相容れない点、②国家が条約を通じて国民の個人請求権を消滅させることが国際法上許容されるとしても、国家と国民個人が別個の法的主体であることを考慮すれば、条約に明確な根拠がない限り、条約締結で国家の外交的保護権以外に国民の個人請求権まで消滅させたとみることはできないだろうが、請求権協定には個人請求権の消滅に関して韓日両国の意思の合致があったとみるのに充分な根拠がない点、③日本が請求権協定直後、日本国内で大韓民国の日本国及びその国民に対する権利を消滅させる内容の財産権措置法を制定・施行した措置は、請求権協定だけでは大韓民国国民個人の請求権が消滅しないことを前提とする時、初めて理解できる点等を考慮してみると、原告らの請求権自体は請求権協定で当然消滅するとみることはできず、ただ請求権協定でその請求権に関する大韓民国の外交的保護権が放棄されることにより、日本の国内措置で該当請求権が日本国内で消滅したとしても、大韓民国がこれを外交的に保護する手段を喪失することになるだけとみるのが相当である。
 したがって原告らの被告に対する不法行為に因る損害賠償請求権は、請求権協定で消滅しなかったといえるので、原告らは請求権協定にも拘わらず被告に対して、上記請求権を行使できる。
    被告は上記のように請求権協定を解釈することは大法院2012年5月10日付2012タ12863審理不続行判決に反すると主張するが、上記判決の事案は請求権協定締結と関連した大韓民国公務員の行為が不法行為に該当するかどうかに関するもので、本件と事案を異にするものなので、審理不続行判決は上告理由の主張が上告審手続に関する特例法第4条第1項に定めた事由を含まないケースであったり、またはそのような主張があったとしても上記原審判決と関係がないか、原審判決に影響を与えない時に言えるもので、上記判決が請求権協定に関して、被告の主張と同じ解釈をしている判例とみることはできない。


カ、消滅時効の完成主張に関する判断

 1)準拠法の決定
    原告らの請求権が成立した時点で適用される大韓民国の抵触規範に該当する上記「法例」によれば、不法行為に因る損害賠償請求権の成立と効力は不法行為の発生地の法律に依るが(第11条)、本件の不法行為地は大韓民国と日本にわたっているので、不法行為に因る損害賠償請求権に関して判断する準拠法は大韓民国法もしくは日本法になるだろう。しかし既に原告らは日本の法が適用された日本の訴訟で敗訴した点に照らして、自身により有利な準拠法として大韓民国法を選択しようという意思を持っていると推認できるので、大韓民国の裁判所は大韓民国法を準拠法にして判断しなければならない。さらに制定民法が施行された1960年1月1日以前に発生した事件が不法行為に該当するのかどうかと、その損害賠償請求権が時効で消滅したかどうかの判断に適用される大韓民国法は、制定民法附則第2条本文に従って「旧民法(依用民法)」ではなく「現行民法」である。したがって日本法が準拠法という前提の下で、除斥期間が渡過したという被告の主張は、より進んで調べる必要がなく理由がない。

 2) 消滅時効が完成したという抗弁の可否
    消滅時効は客観的に権利が発生してその権利を行使できる時から進行し、その権利を行使できない間は進行しないが、ここで「権利を行使できない」ケースというのは、その権利行使に法律上の障害事由、例えば期間の未到来や条件不成就等がある場合をいうのであり、事実上権利の存在や権利行使の可能性を知らず、知らなかったことに過失がないとしてもこのような事由は法律上の障害事由に該当しない(大法院2006年4月27日宣告、2006タ1391判決等参照)。
    一方、債務者の消滅時効に基づく抗弁権の行使も、民法の大原則である信義誠実の原則と権利濫用禁止の原則の支配を受けるものであり、債務者が時効完成前に債権者の権利行使や時効中断を不可能または顕著に困難にさせたり、そのような措置が不必要と信じさせる行動をしたり、客観的に債権者が権利を行使できない障害事由があったり、または一旦時効完成後に債務者が時効を援用しないような態度を見せて権利者にそのように信頼させたり、債権者保護の必要性が大きく同じ条件の他の債権者が債務の弁済を受領する等の事情があって、債務履行の拒絶を認めることが顕著に不当であったり、不公平になる等の特別な事情がある場合には、債務者が消滅時効の完成を主張することが信義誠実の原則に反し権利の濫用なので許容できない(大法院2011年6月30日宣告、2009タ72599判決等参照)。
    本件に関してみると、前で引用した証拠に弁論全体の趣旨を綜合すれば、①
 旧三菱の不法行為があった後、1965年6月22日韓日間の国交が樹立する時までは、日本国と大韓民国間の国交が断絶していて、したがって原告らが被告を相手に大韓民国で判決を貰ったとしても、これを執行できなかった事実、②1965年韓日間に国交が正常化されたが、韓日請求権協定関連文書がすべて公開されていない状況で、請求権協定第2条及びその合意議事録の規定に関連して、請求権協定で大韓民国国民の日本国または日本国民に対する個人請求権が包括的に解決したという見解が大韓民国内で一般的に受け入れられて来た事実、③日本では請求権協定の後続措置として財産権措置法を制定して、原告らの請求権を日本の国内的に消滅させる措置を取り、原告らが起こした日本の訴訟で請求権協定と財産権措置法が原告らの請求を棄却する付加的な根拠として明示されたりした事実、④ところが原告らの個人請求権、その中でも特に日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配に直結した不法行為に因る損害賠償請求権は、請求権協定で消滅していないという見解が、原告らと似たように強制動員された被害者たちが日本で訴訟を起こした1990年代後半になって徐々に明らかになったし、やっと2005年1月韓国で韓日請求権協定関連文書が公開された後、2005年8月26日日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配に直結した不法行為に因る損害賠償請求権は、請求権協定で消滅したとみることはできないという民官共同委員会の公式的見解が表明された事実、⑤被告は本件日本訴訟が終了した2008年以後、原告らと約17回にわたって補償等のために交渉を継続した事実、⑥大法院は2012年5月24日宣告2009タ22549号、2009タ6820号判決を通じて、原告らと同じ強制労働被害者に対する損害賠償請求を棄却した日本判決は大韓民国の公序に反し、承認できないと判示した事実等を知ることができる。
 ここで先に見たように、旧三菱と被告の同一性に対しても、疑問を持たざるを得ないような日本での法的措置があったことを加えてみると、少なくとも原告らが本件の訴訟を起こした時点である2012年10月24日までは、原告らが大韓民国で客観的に権利を事実上行使できない障害事由があったとみるのが相当である。
 これに加えて旧三菱の本件不法行為は原告ら個人の尊厳を否定し、正義・公平に著しく反する行為で、債権者である原告らの保護必要性が大きい点、消滅時効制度は一定期間続いた社会秩序を維持し、時間の経過に因り困難になる証拠保全から救済し、自己の権利を行使せずに権利の上に眠っている者を法的保護から排除するために認められた制度なのに、原告らは本件日本訴訟を起こし、上の訴訟で敗訴した以後、再びこの訴訟を起こす等、権利の上に眠っている者と見ることは難しい点等に照らして見ると、旧三菱実質的に同一な法的地位にあると被告が消滅時効の完成を主張し、原告らに対する不法行為に因る損害賠償債務の履行を拒絶することは、著しく不当で信義誠実の原則に反する権利濫用で、許容できないといえる。したがって被告の上の主張も理由がない。

<6へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:17 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文4

3. 本案に関する判断
 ア、当事者の主張要旨
  1) 原告らの主張
    原告らは、日帝強制占領下で被告の前身である旧三菱は、原告らに行政機関等を通じて教育の提供、上級学校への進学、充分な食事と賃金提供等を保障するとして懐柔して募集した後日本に動員したが、実際に原告らは旧三菱の名古屋飛行機製作所や大門工場で、原告らの意思に反して自由を剥奪された状況で強制労働を酷使され、教育の機会や賃金等をまったく提供されなかったので、旧三菱と事実上同一の法人で旧三菱の債務を承継した被告は、原告らに各200,000,000ウォンの慰謝料を支給する義務があり、亡金福禮、亡金淳禮の相続人である原告金中坤に、亡金福禮、亡金淳禮の上記慰謝料合計400,000,000ウォン及び原告金中坤本人の慰謝料として50,000,000ウォンを支給する義務があると主張する。

2) 被告の主張
  これに対して被告は、①原告らは既に同一の請求をした本件日本訴訟で敗訴確定判決を受けたので、原告らの請求は既判力に抵触し棄却されるべきで、②被告は旧三菱と法人格が違うので、旧三菱の原告らに対する損害賠償債務を承継していないし、③原告らが主張する損害賠償債権は請求権協定及びその後続措置に因って消滅したし、④例えそうでないとしても上記損害賠償債権は消滅時効が完成したり、除斥期間が渡過したので、原告らの本件請求は理由がないと主張する。

イ、旧三菱の不法行為責任の成立
 1)準拠法の決定
本件で不法行為に基く損害賠償請求権が成立するかどうかを判断する基準になる準拠法は、法廷地である大韓民国において外国的要素がある法律関係に適用される準拠法の決定に関する規範(以下、「抵触規範」とする)に依って決定されなければならない(1962年1月15日法律第996号として制定された、以下同じ)。前で見た認定事実に従えば旧三菱の行為及びその結果発生という不法行為は旧渉外私法(1962年1月15日法律第996号として制定されたもの、以下同じ)が施行された1962年1月15日以前に発生した。このように1962年1月15日以前に発生した法律関係に適用される大韓民国の抵触規範は、1912年3月28日から日王(天皇)の勅令第21号に依って我が国に依用されて来たが、軍政法令第21号を経て大韓民国制憲憲法の付則第100条に依って、「現行法令」として大韓民国の法秩序に編入された日本の「法例」(1898年6月21日法律第10号)である。上記「法例」に依れば不法行為に因る損害賠償請求権の成立と効力は不法行為の発生地の法律に依るが(第11条)、本件の不法行為地は大韓民国と日本にわたっているので、不法行為に因る損害賠償請求権に関して判断する準拠法は大韓民国法と日本法になるであろう。ところが既に原告らが日本法が適用された本件日本訴訟で敗訴した点に照らして、不法行為の被害者である原告らは自身により有利な準拠法として大韓民国法を選択しようという意思を推認できる点や、このような準拠法になれる色々な国の法がある場合、法廷地の裁判所は当該事案との関連性の程度、被害者の権利保護の必要性と加害者の準拠法に対する予測可能性及び防御権等、当事者間の公平、衝平と正義、裁判の適正性等を共に考慮して準拠法を選択・決定できるであろうが、上記のような要素をすべて考慮する時、大韓民国法を準拠法とすることが正しいと見られる点、等を綜合して大韓民国法を準拠法として判断することとする。進んでは制定民法が施行された1960年1月1日以前に発生した事件が不法行為に該当するか余否の判断に適用される大韓民国法は、制定民法附則第2条本文に従って「旧民法(依用民法)」ではなく「現行民法」である。

2)判断
    上記認定事実を準拠法である現行民法に照らして見れば、日本政府は中日戦争と太平洋戦争等、不法な侵略戦争の遂行過程で基幹軍需産業体である軍需工場に必要な人力を確保するために、長期的な計画を立てて組織的に人力を動員したし、核心的な基幹軍需産業体の地位にいた旧三菱は、日本政府の上のような人力動員政策に積極的に協力して人力を拡充したが、原告らは当時朝鮮半島と韓国民が日本の不法で暴圧的な支配を受けていた状況の下で、その後日本で処せられる労働内容や過酷な環境等に対してよく判らないまま、日本政府の上記のような組織的欺罔に依って強制連行された。進んで女子勤労挺身隊令の規定に照らし、旧三菱の申請で日本政府が必要人員を募集したと見られる点、原告らは当時満13、14歳の幼い少女たちで、1932年頃日本が批准登録した強制労働に関する条約で絶対的に禁止される強制労働の対象なのだが、旧三菱もまたこのような点を知っていたと見られる点等に照らして見れば、旧三菱もまた原告らが強制連行されたという事実に対して知っていたり、知ることができたと見られる。
    ましてや原告らは当時満13、14歳の未成年者で、幼い歳で家族と離別したり、生命や身体を脅かせられる可能性が非常に高い劣悪な環境で危険な労働に従事したし、具体的な賃金額もしらされないまま強制労働をした。旧三菱は原告らに日曜日を除いては毎日朝8時から夕方6時まで労働に従事させながら、厳しい監
視をしたし、家族との書信交換も事前検閲に依って制限し、食事の量や質もまた著しく粗末で、賃金もまったく支給されなかった。1944年12月7日東南海地震が発生し、本件工場が崩れた時にも、原告らに適当な避難場所や食糧を提供する等の救護措置を取ったりしないまま放置した。
 上のような旧三菱の原告らに対する強制連行及び強制労働は当時、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行に積極的に参加した反人道的な不法行為に該当し、東南海地震が発生した時原告らに対して何の救護措置を取らないまま放置して亡金淳禮を死亡にまで至らせた行為は、事実上の雇用関係にある原告らに対する、使用者としての安全配慮義務を放棄した不法行為に該当するものであり、このような不法行為に因り原告らがひどい精神的苦痛を被ったことは、経験則上明白である。
 したがって旧三菱は上記のような不法行為に因る原告らの精神的苦痛に対して、これを賠償する責任がある。

ウ、原告らに関する本件、日本の判決の既判力認定に関して
   被告が旧三菱の不法行為責任をそのまま負担するかに関して調べてみる前に、原告らに関する本件日本判決が既判力を持つかどうかに関してみてみる。
   法廷地の手続法であるわが国の民事訴訟法第217条第3号は、外国の裁判所の確定判決の効力を認めることが大韓民国の善良な風俗や、その他の社会秩序に背かないようにしなければならないという点を、外国判決承認要件の一つと規定している。ここで外国判決の効力を認めること、即ち外国判決を承認した結果が大韓民国の善良な風俗や、その他の社会秩序に背くかどうかは、その承認の可否を判断する時点で、外国判決の承認がわが国の国内法秩序が保護しようとする基本的な道徳的信念と社会秩序に及ぼす影響を、外国判決が扱った事案とわが国との関連性の程度に照らして判断しなければならず、この時その外国判決の主文だけでなく、理由及び外国判決を承認する場合、発生しうる結果まで総合して検討しなければならない(大法院2012年5月24日宣告2009タ22549判決)。
   よく調べると、原告らが本件訴訟と同一な請求原因で被告を相手にした訴訟を日本の裁判所で起こし、敗訴判決の宣告を受けその判決が確定したことは前でみた通りだが、甲第1、2号証(枝番号がある場合、各枝番号を含む)の各記載に依れば、前でみた本件日本判決は原告らが居住していた朝鮮半島を日本の領土の構成部分に見ることで、上の原告らの請求に適用される準拠法を、外国的要素を考慮した国際司法的な観点から決定せずに、初めから日本の法を適用した事実、「日本国は1952年4月28日発布された平和条約2条で朝鮮の独立を承認し、朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄した」と前提した事実、旧三菱が事前の説明とは異なり原告らを本件工場で自由が制約された状態で違法に強制労働に従事させた点、実質的な雇用主として原告らに賃金をまったく支給せずに、安全配慮義務をきちんと履行しなかった点等、原告らの請求原因に関する一部主張を受け入れながらも、請求権協定と日本の財産
   措置法に依って消滅したという理由で、結局上の原告らの被告に対する請求を棄却した事実等が分かる。
    このように本件日本判決の理由には、日本の朝鮮半島と韓国人に対する植民地支配が合法的という規範的認識を前提に、日帝の国家総動員法、国民徴用令、女子挺身勤労令を朝鮮半島と原告らに適用することが有効と評価した部分が含まれている。
しかし大韓民国制憲憲法は、その前文で「悠久な歴史と伝統に光輝く我ら大韓国民は、己未3・1運動によって大韓民国を建立し、世界に宣布した偉大な独立精神を継承し、これから民主独立国家 を再建するに際し」として、附則第100条では「現行法令はこの憲法に抵触しない限り効力を有する」とし、附則第101条は「この憲法を制定した国会は檀紀4278年(1945年)8月15日以前の悪質な反民族行為を処罰する特別法を制定できる」と規定した。また、現行憲法もその前文に「悠久な歴史と伝統に光輝く我が大韓国民は、3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統と、不義に抗拒した4・19の民主理念を継承し」、「恒久的な世界平和と人類共栄に貢献することにより」と規定している。このような大韓民国憲法の規定に照らしてみる時、日帝強制占領期の日本の朝鮮半島支配は規範的な観点から不法な「強占」に過ぎず、日本の不法な支配に因る法律関係の内、大韓民国の憲法精神と両立できないものは、その効力が排除されるとみなければならない。それならば本件日本判決の理由は、侵略戦争の遂行のための日帝強制占領期の強制動員自体を不法と見ている、大韓民国憲法の核心的価値と正面から衝突するものである(大法院2012年5月24日宣告2009タ22549判決)。ましてや当時日本政府が「国家総動員法」等の非常手段まで動員して遂行した中日戦争と太平洋戦争が、国際法的に容認できない侵略戦争だった点に対しては国際社会が認識を共にしていて、このような侵略戦争及びこれを遂行する行為の正当性を否認することは世界の文明国家の共通的な価値である。このような事情を綜合すれば、世界各国が共通的に志向する価値に反する判決理由が込められた本件日本判決をそのまま承認する結果は、上の民事訴訟法でいう善良な風俗やその他の社会秩序が国際性まで考慮した概念であることを勘案しても、それ自体で大韓民国の基本的な道徳的信念と社会秩序に違反することが明らかである(民事訴訟法の上の条項でいう「大韓民国の善良な風俗や、その他の社会秩序」の意味は、外国の仲裁判定を承認したり、外国法を準拠法とする時考慮する大韓民国の「公序」と同一なものだが、上の各ケースに関する既存の大法院判例である大法院2009年5月28日宣告2006タ20290判決、大法院2006年5月26日宣告2005ム884判決等も「公序」の意味をこれと同一な趣旨とみている)。
したがってわが国で本件日本判決を承認しその効力を認めることはできないので、本件日本判決が大韓民国で承認できることを前提に、原告らの請求が本件日本判決の既判力に反し認められないという被告の主張は理由がない。

<5へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:13 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文3

 ク、民官共同委員会の開催

   原告らと同じ強制徴用者である鄭昌喜(チョン・チャンヒ)、李根睦(イー・グンモク)、李炳穆(イー・ビョンモク)、鄭尚華(チョン・サンファ)らは外交通商部長官(外務大臣に相当)を相手に起こした情報公開拒否処分取消し訴訟(ソウル行政法院2002ク合33943)で2004年2月13日勝訴判決を受け(外交通商部長官の控訴取下げで第1審判決がそのまま確定した)、これに従って大韓民国政府は請求権協定と関連する一部の文書を公開した後2005年8月26日「韓日会談文書公開後続対策関連、民官共同委員会」(以下、「民官共同委員会」という)を開催し、「請求権協定は日本の植民支配による賠償を請求するための交渉ではなく、サンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を解決するためのものであって、日本軍慰安婦問題等、日本政府及び軍隊等、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為に対しては、請求権協定で解決されたと見ることはできず、日本政府の法的責任が残っており、サハリン同胞問題と原爆被害者問題も請求権協定の対象に含まれていなかった。」という趣旨の、公式意見を表明した。

ケ、第2次世界大戦終了後の各国の戦後賠償

 1945年第2次世界大戦が終了するとフランスは戦勝国になり、ドイツ国と日本国は敗戦国になった(大韓民国は1951年サンフランシスコ講和会議から日本国の反対で戦勝国名簿から除外された)。第2次世界大戦が終了した後、戦勝国、敗戦国、植民地から独立したすべての国が、各自の歴史から過去清算のために努力したし、これは現在まで続けられているが、ここには上の戦争の犠牲者に対する賠償もまた含まれている。

  1)ドイツ国のケース
    ドイツの場合、敗戦直後司法的には連合国のニュルンベルク国際戦犯裁判で国際法上初めて反人類犯罪を規定し、ナチの侵略戦争、ユダヤ人及び民間人虐殺の責任者を起訴、処罰したし、政治的には脱ナチ化粛清作業を行った。
                     
2) 第2条 この法の規定による申告対象の範囲は、1945年8月15日から1965年6月22日まで日本国に居住していた者を除く大韓民国国民が、1945年8月15日以前に日本国及び日本国民に対して持っていた請求権等で、次の各号に掲示するものとする。
 9, 日本国に依って軍人、軍属または労務者に召集または徴用され1945年8月15日以前に死亡した者
しかし敗戦直後の一般ドイツ人はこれを戦争敗北の代価と受取って、依然とナチ
ズムを「理念は良かったのだが、実行で誤った」という好意的評価をしたし、連合国の戦犯裁判が終わった後、世界的に米国とソ連を軸とする冷戦時代が訪れる中、二度の赦免法でナチの主要人物を社会や職場に復帰させる立法を行った。
    そしてアデナウア政権の政治的安定とライン河の奇跡と呼ばれる経済的繁栄を足場に、ナチ時代を経験していない「遅く生まれた幸運児」への世代交替がなされ、ナチズムとその時代にあった事を人権の観点から眺め見る市民社会の成熟が成されて来た。
    このような土壌の上に1960年代後半、戦犯アイヒマンに対する裁判を行ないながら、西ドイツ内の自発的なナチズム清算作業が本格化したし、1945年を敗戦ではなく、ナチズムからの解放と見る認識の転換が起きることになった。
    その後ドイツは統一前までユダヤ人ら、ナチ政権の被害者にドイツ連邦賠償法に依って84兆ウォンを賠償したし、2000年頃には約570万人に至る外国人強制労働者たちのナチ政権期間の間の賃金と強制徴用に対する補償のために、政府と企業が共同で出損した「記憶、責任、そして未来(Erinnerung, Verantwortung und Zukunft)という名前の財団を設置した。
    ドイツの真なる過去清算は戦後、一世代が過ぎた後である1960年代後半から成されたし、再び一世代が過ぎた去る1990年代に至ってひとつの国家の次元を超え、その対象者が拡大したし、何よりもナチズムに対する過去清算はドイツ統一後、東独政権の精算に関する社会的費用と混乱を減らすこととなった。

2)米合衆国のケース
  在米日本人を強制移住させた米合衆国も、その被害に対して賠償した。米合衆国議会は1988年頃市民的自由法を制定しながら強制収容を謝罪する条項を明示的に規定し、議会が国を代表して在米日本人たちに謝罪して、市民的自由公共基金を設立した。上記基金に依って収容当時日本系米国市民、または永住外国人だった者、また賠償法設立当時生存していた者は現在の国籍を問わず賠償金を支給されることとなった。

3)カナダのケース
  カナダはカナダ政府が、カナダ居住日本人に対して強制移住と強制収容をして財産を奪い、日本に強制送還させて選挙権を剥奪したことに対して賠償した。カナダ政府は1988年頃全カナダ日本人協会との間で、カナダ政府がカナダ日本人を強制収容したこと等に対して人権侵害と認め、再びそういうことを起こさないことを誓約する内容の協定を締結した。上記のような協定に基きカナダ政府は日本系カナダ人社会に福利と人権擁護の活動費等に1,200万ドルを支払った。また異文化間の相互理解と人種差別を根絶するために、カナダ人種関係基金を設立させた。

4)日本国のケース
  日本国は1988年頃まで13件の戦争援護法を制定し、約38兆円を支出したが、その対象は軍人や軍属だけに限ったもので、戦争被害者や強制徴用者に対する賠償ではなかった。結局日本国はドイツ国とは違い、自発的な過去清算をせず、大韓民国、中国と絶え間ない外交摩擦を引き起こしており、現在台湾、フィリピン等、東南アジア諸国での従軍慰安婦、強制徴用者、原爆被害者、ハンセン病患者等から日本軍国主義者の戦争に因る法的責任を、自国のみならず米国等他の国からも問われ続けている。

 コ、日本での訴訟経過と原告らの死亡

  1) 原告らは1999年3月頃、日本国名古屋地方裁判所で被告らを相手に旧三菱の強制徴用等、国際法違反及び不法行為等を理由とした損害賠償金として一人当り3,000万円の支給を求める訴訟を起こしたが、2005年2月24日原告請求棄却判決を宣告された。その後、名古屋高等裁判所に控訴したが2007年5月31日控訴棄却判決を宣告され、最高裁判所が2008年11月11日原告らの上告を棄却し、上の判決が確定した(以下、このような日本での訴訟を「本件日本訴訟」とし、その判決を「本件日本判決」とする)。

  2) 原告らは本件日本訴訟が終了した後、約2年間17度にわたり被告側と賠償のための交渉をしたが合意に至らなかったので、2012年10月14日大韓民国の裁判所に被告を相手に日本で主張したのと同一の請求原因を内容として、不法行為を理由とした損害賠償金の支給を求める本件訴訟を起こした。

  3) 亡金福禮は本件日本訴訟が第1審裁判所で継続中だった2001年12月3日済州島で死亡したし、死亡当時相続人としては配偶者である原告金中坤と3名の子女(金AA男、金BB女、金CC男)がいた。
  [認定の根拠]争いのない事実、甲第1ないし7号証(枝番号がある場合、各枝番号を含む)、この法院の強制動員犠牲者等支援委員会に対する各事実照会の結果、原告ら当事者尋問の結果、弁論全体の趣旨

2.本案前の抗弁に関する判断

 ア、被告の主張
    被告は、国際司法附則第2条は「この法施行(2001年7月1日)以前に生じた事項に対しては、従前の渉外事業に依る」と規定しているが、従前の渉外事業には国際司法管轄に関する何らの規定もなく、これと関連した条約や一般的に承認された国際法規が存在しない。したがって渉外的事件に関する国内法院(裁判所)の裁判管轄を認定するかどうかは、訴訟当事者の公平、裁判の適正、迅速を期するという基本理念に沿って条理により決定しようとするのだが、原告らが日本で同一の訴訟を起こし、証拠調査をすべて終えた後、敗訴判決の宣告を受けて確定したし、被告は大韓民国に支店や営業所がなく、本件訴訟の請求原因がすべて日本で起こり、大韓民国とは実質的関連性もなく、日本の法人である被告に大韓民国の裁判所で日本の訴訟と同一な内容の訴訟を反復させるのは、前でみた基本理念に反するので、本件の訴訟は裁判管轄権のない大韓民国の法院で起こされ不適法であると主張する。

 イ、判断
    国際裁判管轄の決定においては当事者間の公平、裁判の適正、迅速及び経済を期するという基本理念に沿うべきであり、具体的には訴訟当事者たちの公平、便宜そして予測可能性のような個人的利益のみならず、裁判の適正、迅速、効率及び判決の実効性等のような裁判所ないし国家の利益も共に考慮するべきだろうし、このように多様な利益のうち、どのような利益を保護する必要があるかと余否は、個別事件で法廷地と当事者との実質的関連性及び法廷地と紛争になった事案との実質的な関連性を客観的な基準として合理的に判断しなければならず(2012年5月24日宣告2009タ22549判決、2006年1月27日2002タ59788判決等参照)、国際裁判管轄に関して条約や一般的に承認された国際法上の原則がまだ確立されてなく、これに関するわが国の成文規定もない以上、わが国の民事訴訟法の土地管轄に関する規定若しくは上の基本理念に沿って制定されるものなので、基本的に上の規定に依る裁判籍が国内にある時には、渉外的事件に関してもわが国に裁判管轄権があると認めることが相当である(大法院1992年7月28日宣告91タ41897判決等参照)。
    本件で見ると、本件の請求は旧三菱が日本国と共に原告らを強制連行した後強制労働をさせた一連の行為が不法行為で、被告は旧三菱の原告らに対する法的責任をそのまま負担すると主張するものだが、上の認定事実に依れば大韓民国は上のような一連の不法行為のうち、一部がなされた不法行為地である点、原告らが本件で主張する事実を裏付ける日本内の物的証拠はほとんど滅失した反面、被害者である原告らがみな大韓民国に居住しており、事案の内容が大韓民国の歴史及び政治的変動等と密接な関係がある点等を知ることができ、大韓民国は本件の当事者及び紛争になった事案と実質的関連性があるといえるし、したがって大韓民国の裁判所は本件に対して国際裁判管轄権を持つといえるので、被告の上の主張は理由がない。

<4へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:10 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文2

カ、被告の設立

 1) 旧三菱は日本の敗戦以後、日本内で連合国最高司令部(GHQ)の財閥解体政策に従うと共に、敗戦に因って日本の企業が負担することになる莫大な金額の賠償及び労務者に対する未支給賃金債務等の解決のために制定された、日本の会社経理応急措置法上の特別経理会社、企業再建整備法上の特別経理株式会社に指定された後、1949年7月4日企業再建整備法に依る再建整備計画認可申請をして、1949年11月3日申請した内容通りに主務大臣の認可を受けた。

 2) 旧三菱は1950年1月11日、その再建整備計画に従って解散することにして同じ日、旧三菱の現物出資等に依り企業再建整備法上の新しい会社である中日本重工業株式会社(商号は1952年5月29日新三菱重工業株式会社に、1964年6月1日三菱重工業株式会社に変更された)、東日本重工業株式会社(商号は1952年5月27日三菱日本重工業株式会社に変更された)、西日本重工業株式会社(商号は1952年5月27日三菱造船株式会社に変更された)の三つの会社(以下、新しく設立された三つの会社を合わせて「第二会社」とする)が設立された。その後、中日本重工業株式会社が1964年6月30日東日本重工業株式会社、西日本重工業株式会社の二つの会社を吸収合併することで、現在の被告となった。この過程で旧三菱の従業員は職位、給料をそのままにし、旧三菱での在職期間を通算して退職金を算定することにして第二会社に継承されたし、第二会社の初代社長は全て旧三菱の常務理事たちが就任した。また、被告自身も旧三菱を、被告の企業の歴史の一つの部門に認めている。

  3) 会社経理応急措置法は「特別経理会社に該当する場合、その会社は指定時(1946年8月11日00:00を指す。第1条第1号)に新勘定と旧勘定を設定し(第7条第1項)、財産目録上の動産、不動産、債権、その他財産に対しては、「会社の目的である現在行っている事業の継続及び戦後産業の回復振興に必要なもの」に限って指定時に新勘定に属し、その他は原則的に指定時に旧勘定に属し(第7条第2項)、指定時以後の原因に基づいて発生した収入及び支出を新勘定の収入及び支出に、指定時以前の原因に基づいて発生した収入及び支出は旧勘定の収入及び支出に経理処理し(第11条第1、2項)、旧債権に対しては返済など消滅行為を禁止するものの、例外的に返済を認める場合にも旧勘定で返済しなければならず、新勘定で返済する場合は特別管理人の承認など一定の要件を備えた場合、一定の金額の限度だけで可能(第14条)なものと規定している。

  4) 旧三菱は会社経理応急措置法、企業再建整備法に従って、1946年8月11日午前0時を基準として新勘定と旧勘定を分離した後、「会社の目的である現在行っている事業の継続及び戦後産業の回復振興に必要な動産、不動産、債権、その他の既存財産など」を新勘定に属するようにした後、上記財産を現物出資して3つの第二会社を設立し、その他その時までに発生した債務を主とした旧勘定上の債務を負担しながら清算会社になった旧三菱は、1957年3月25日に設立された菱重株式会社に吸収合併されて1957年10月31日に解散した。

キ、太平洋戦争終戦以後の状況

 1)対日平和条約の締結
   太平洋戦争が終戦した後、1951年9月8日米国サンフランシスコ市で米国、英国等を含む連合国と日本国は、戦後の賠償問題を解決するために対日平和条約を締結したが、同条約第4条(a)は「大韓民国を含む上の条約第2条に規定された地域に存在する日本国及びその国民の財産、並びに同地域の統治当局及びその国民を相手とした請求権と日本国に存在する同地域の統治当局及びその国民所有の財産、並びに同地域の統治当局及びその国民の日本国及び日本国国民に対する請求権の処理は、日本国と同地域の統治当局間の特別協定が規定するところに従う」と定めた。

2)大韓民国と日本国間の国交正常化のための条約と付属協定の締結
対日平和条約第4条(a)の規定趣旨に従って、1951年末頃から大韓民国政府と日本国政府の間で国交正常化及び戦後補償問題が議論され始め、最終的に1965年6月22日「国交正常化のための大韓民国と日本国間の基本関係に関する条約」とその付属協定の一つとして「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」(以下、「請求権協定」とする)が締結されたが、請求権協定は第1条で「日本国が大韓民国に、10年間にわたり3億ドルを無償で提供し、2億ドルの借款を行うことにする」と定めると共に、第2条で次のように定めた。

1. 両締約国は両締約国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益と両締約国及びその国民間の請求権に関する問題が、1951年9月8日サンフランシスコ市で署名された日本国との平和条約第4条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたことを確認する。

3. 2.の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益として、本協定の署名日に他方の締約国の管轄下にあるものに対する措置と一方の締約国及びその国民の他方締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同日付以前に発生した事由に起因するものに関しては、いかなる主張もできないこととする。
また、請求権協定に対する合意議事録(Ⅰ)は、上の第2条に関して次のように定めている。

(a) 「財産、権利及び利益」というのは法律上の根拠に基づき、財産的価値が認められるすべての種類の実体的権利をいうことで了解された。

(e) 同条3.により執られる措置は、同条1.にいう両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題を解決するために執られる、各国の国内措置をいうことで意見の一致を見た。

(g)同条1.でいう完全かつ最終的に解決されたことになる両国及びその国民の財産、権利及び利益と両国及びその国民間の請求権に関する問題には、韓日会談で韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(いわゆる8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、したがって同対日請求要綱に関してはいかなる主張もできなくなることを確認した。
そして上の合意議事録に指摘された対日請求8項目は、「①1909年から1945年まで間に、日本が朝鮮銀行を通じて韓国から搬出した地金及び地銀の返還請求、②1945年8月9日.現在及びその後の日本の対朝鮮総督府債務の返済請求、③1945年8月9日.以後、韓国から振り替えまたは、送金された金員の返還請求、④1945年8月9日.現在、韓国に本店、本社または主事務所がある法人の在日財産の返還請求、⑤韓国法人または韓国自然人の日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の返済請求、⑥韓国人の日本国または日本人に対する請求として①ないし⑤に含まれないものは韓日会談成立後、個別に行使できることを認めること、⑦前記諸財産または請求権から生じた諸果実の返還請求、⑧前記返還及び決済は協定成立後、即時開始して遅くとも6ヶ月に完了すること」等である。

3)請求権協定に沿う後続措置
ア)請求権協定が締結されたことに従って日本は1965年12月17日「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」(法律第144号。以下、「財産権措置法」とする)を制定・施行したが、その内容は「大韓民国、又はその国民の日本国、又はその国民に対する債権、又は担保権であって協定第2条の財産、利益に該当するものを1965年6月22日に消滅したことにする。」というものである。

 イ) 一方、大韓民国は請求権協定に依って支給される資金を使用するための基本的事項を定めるために1966年2月19日「請求権資金の運用及び管理に関する法律」1)を制定し、
                 
1)第5条第1項 大韓民国国民が持っている1945年8月15日以前までの日本国に対する民間請求権は、この法で定める請求権資金の中で補償しなければならない。
第2項 前項の民間請求権の補償に関する基準、種類、限度等の決定に必要な事項は、別途法律で定める。

これを継いで1971年1月19日「対日民間請求権申告に関する法律」2) を制定して10ヶ月間、国民の対日請求権申告を受付けた結果、総109,540件の申告があったが、同申告分に対する実際の補償を執行するために1974年12月21日「対日民間請求権補償に関する法律」を制定して1975年7月1日から1977年6月30日までの間に総83,519件に対して総9,187,693,000ウォンの補償金を支給したし、上の各法律は1982年12月31日すべて廃止された。

<3へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:06 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱訴訟 韓国光州地方法院判決文1

(翻訳者注 : 韓国語の人名や地名は、初出のみ日本語読みを片仮名で表記した。
法律条文等は日本語の原文引用ではなく、韓国語に訳された原文を日本語に訳した。
日本語翻訳 責任 李洋秀(イー・ヤンス)

2012カ合10852
判 決 書


光州(クァンジュ)地方法院(裁判所)


目次
    (判決書の原文には目次がないが、翻訳者が便宜上作成した)

判決                       ・・・・・・・・  4
主文  ・・・・・・・・  4
請求趣旨 ・・・・・・・・  4
理由 ・・・・・・・・  5
1. 認定事実                ・・・・・・・・  5 
ア、当事者らの地位               ・・・・・・・・  5
イ、日本の韓半島(朝鮮半島、以下「朝鮮半島」とする)侵奪と太平洋戦争等の勃発
                        ・・・・・・・・  5
ウ、原告らの勤労挺身隊支援等          ・・・・・・・・  6
エ、勤労挺身隊と慰安婦の区別 ・・・・・・・・  7
オ、日本国の強制労働禁止条約加入    ・・・・・・・・  7 
カ、被告の設立                 ・・・・・・・・  8
キ、太平洋戦争終戦以後の状況      ・・・・・・・・  9
 1)対日平和条約の締結
2)大韓民国と日本国間の国交正常化のための条約と付属協定の締結
3)請求権協定に沿う後続措置
 ク、民官共同委員会の開催             ・・・・・・・・  11
 ケ、第2次世界大戦終了後の各国の戦後賠償     ・・・・・・・・  11
  1)ドイツ国のケース
2)米合衆国のケース
3)カナダのケース
4)日本国のケース
 コ、日本での訴訟経過と原告らの          ・・・・・・・・  13
2.本案前の抗弁に関する判断             ・・・・・・・・  13
 ア、被告の主張                  ・・・・・・・・  13
 イ、判断                    ・・・・・・・・  14
3. 本案に関する判断                 ・・・・・・・・  14
 ア、当事者の主張要旨               ・・・・・・・・  14
  1) 原告らの主張                 ・・・・・・・・  14
2) 被告の主張                  ・・・・・・・・  15
イ、旧三菱の不法行為責任の成立          ・・・・・・・・  15       
 1)準拠法の決定                  ・・・・・・・・  15
 2)判断                     ・・・・・・・・  16
ウ、原告らに関する本件、日本の判決の既判力認定に関して ・・・・・・・・  16
エ、被告が旧三菱の債務を負担するかに関して      ・・・・・・・・  18
オ、請求権協定によって原告らの請求権が消滅したという主張に関する判断 19
カ、消滅時効の完成主張に関する判断          ・・・・・・・・  20
 1)準拠法の決定                   ・・・・・・・・  20
 2) 消滅時効が完成したという抗弁の可否        ・・・・・・・・  21
キ、損害賠償の範囲に関する判断            ・・・・・・・・  22
 1)慰謝料の金額                   ・・・・・・・・  22
 2)原告金中坤の相続分に関する判断          ・・・・・・・・  24
 3)遅延損害金の起算日                ・・・・・・・・  24
ク、小結論                      ・・・・・・・・  25
4.結論                         ・・・・・・・・  25

光州地方法院
  第12民事部 

判決
事件 2012カ合10852
原告 1. 梁錦徳(ヤン・クムドク) 光州広域市 以下省略
2. 李東連(イー・ドンリョン) 光州広域市 以下省略
3. 朴海玉(パク・ヘオク) 光州広域市 以下省略
4. 金性珠(キム・ソンジュ)京畿道(キョンギド)安養市(アニャンシ)以下省略
5. 金中坤(キム・チュンゴン)蔚山市 以下省略
原告らの訴訟代理人 法務法人イウス
担当弁護士 弁護士 林仙淑(イム・ソンスク)、弁護士 金偵鎬(キム・ジョンホ)
原告らの訴訟代理人弁護士 鄭彩雄(チョン・チェウン)、李尚甲(イー・サンガプ)、
林台浩(イム・テホ)、金正熙(キム・ジョンヒ)、程仁基(チョン・インギ)、
金相訓 (キム・サンフン) 
被告 三菱重工業株式会社
日本国東京都港区港南2-16-5
代表取締役 大宮英明
訴訟代理人弁護士 金勇出(ヨンチュル)
弁論終結 2013年10月4日
判決宣告 2013年11月1日

主文
1.被告は原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠に各150,000,000ウォン、原告金中坤に80,000,000ウォン及び上の各金額に対して2013年10月4日から年5%の、次の日からすべて払い終える日までは年20%の各比率による金を支給せよ。
2.原告らの残りの請求を各棄却する。
3.訴訟費用の1/4は原告らが、3/4は被告が各負担する。
4.第1項は仮執行できる。
 
請求趣旨
被告は原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠に各200,000,000ウォン、原告金中坤に450,000,000ウォン及び上の各金額に対して、本件の訴状送達翌日からすべて払い終える日までは年20%の比率による金を支給せよ。


理由
1.認定事実
ア、当事者らの地位
亡金淳禮(キム・スルレ) 、亡金福禮(キム・ボンネ)と原告梁錦徳、李東連、朴海玉、金性珠(以下「原告ら」とする)は皆1929年頃から1931年頃の間に韓半島(朝鮮半島、以下「朝鮮半島」とする)で出生した韓国人であり、原告金中坤は亡金淳禮の夫であり 、亡金福禮の兄である。三菱重工業株式会社(被告と区別して「旧三菱」とする)は日本で設立され、機械製作所、造船所等を運営する会社である。
イ、日本の朝鮮半島侵奪と太平洋戦争等の勃発

  1) 日本政府は1910年8月22日、大韓帝国と間に韓日合併条約を締結した後、1937年頃起きた中日戦争と1941年頃起きた太平洋戦争を継続しながら、軍需産業での労働力不足が深刻化すると、これを解決するために1938年4月頃「国家総動員法」を、1939年7月頃「国民徴用令」をそれぞれ公布し、朝鮮半島では募集形式の労務動員計画を実施して、労働力の統制と総動員体制を確立しようとしたし、1940年頃には「朝鮮職業紹介所令」を公布し、1941年頃には「国民勤労報国協力令」を施行し、1942年頃には「国民動員計画」を立て、戦争のための軍需産業に必要な労働力動員を拡大させて行った。

2) 日本政府は1943年9月13日次官会議で、必要な女性勤労要員を確保するために「新規学校卒業者、14歳以上の未婚者、整備されるべき不急不要学校在学者、企業整備に依る転職可能者」を動員対象に、「航空機関系工場、政府作業窓」を配置場所に、「道庁府県の指導の下、市郡村長に就職勧奨を努力するようにさせて、班常会、部落会、隣組、婦人会、学校長らを相手に積極的に協力させ道庁府県の指導の下、学校長らが学校卒業者たちを対象に女子挺身隊を募集すること」を動員方法とする「女子勤労動員の促進に関する件を議決したし、1944年3月18日には「女子挺身隊制度強化方策要綱」を決定し、日本国内の女性たちを強制的に挺身隊に組織させ、必要な業務に協力することを命令することが可能なようにしたし、1944年6月21日には「女子挺身隊受入側措置要綱」を決定した。日本政府は1944年8月23日「女子挺身勤労令(1944年勅令第519号)」を公布施行し、朝鮮半島でも施行した。

3) 朝鮮半島での勤労挺身隊動員は上のような「女子挺身勤労令」の施行前から行われていたが、1944年頃以後は特に増えて国民学校(現在の初等学校=日本の小学校)を通じて、国民学校の6年生や国民学校の卒業生たちを対象に募集が行われた。

4) 女子挺身隊制度強化方策要綱及び女子挺身勤労令では基本的に国民登録者である女性たちを挺身隊隊員とすることと定めているが、当時朝鮮半島で女性の国民登録は技能者、即ち12歳以上40歳未満の技能者で中学校程度の学校卒業者または実力と経験に依って鉱山技術士、電気技術者、電気通信技術者等で現職に就業していたり、依然に働いたことのある者だけに限定されており、国民登録者の範囲は極めて狭かった。しかし上の女子挺身隊制度強化方策要綱及び女子挺身勤労令には「特に志願をした者は挺身隊員とすることを妨げない」と規定していたので、朝鮮半島ではやはり上のように志願という形式で勤労挺身隊の募集が行われた。募集された
勤労挺身隊員たちは旧三菱工場、不二越鋼材工業株式会社富山工場、株式会社東京麻糸紡績、株式会社(東京麻糸)沼津工場等の軍需工場に動員された

5) 女子挺身勤労令は勤労挺身隊を受け入れようとする者は地方長官(日本の都道府県知事に相当)にこれを請求または申請し、地方長官がその必要性を認めれば市町村長その他団体の長または学校長に対して隊員の選抜を命じ、その結果の報告を受けて地方長官が隊員を決定し通知すれば、この通知を受けた者は勤労挺身をし、勤労挺身隊を受け入れた者が原則的にその経費を負担することと規定している。

ウ、原告らの勤労挺身隊支援等

1) 原告らは1944年5月頃、自身が卒業したり在学中の国民学校の校長、担任教師 
や隣組の愛国班班長から、勤労挺身隊に志願して日本に行けば上級学校に進学させてくれ、お金も儲けられるという話を聞いて勤労挺身隊に志願した。原告らの家族は、原告らが勤労挺身隊に志願するのを反対したが、勤労挺身隊志願を勧誘した人たちは満13、14歳に過ぎない原告らに、勤労挺身隊に志願しなければ家族に危害を加えると脅迫したりした。

2) 原告らは1944年5月末頃、各自の住居地付近で他の勤労挺身隊員たちと集結し、彼女らと共に列車に乗り、麗水(ヨス)に行って船に乗って、日本の下関港に到着し、そこから汽車に乗り名古屋まで移動し、そこにある当時旧三菱の名古屋航空機製作所道徳工場(以下「本件の工場」とする)に行った。

3) 原告らは本件の工場、第四菱和寮に労務者として配置されたが、原告梁錦徳、李東連、亡金淳禮は飛行機部品にペイント塗をする仕事を、原告朴海玉はジュラルミン板に飛行機部品を描いて運ぶ仕事を、原告金性珠はジュラルミン板を切断する仕事を、原告亡金福禮は長いパイプに布を結ぶ仕事をした。原告らは作業をしている途中でよそ見をしたり、話をすることはできなかったし、トイレに行くのにも許可を得なければならず、日本人班長から暴力を振るわれたりした。原告らは原告金性珠が作業の途中に切断機で左手の人差し指を切り取られる傷害を負う等、作業中に怪我をしたりしたが、適切な治療は受けられなかった。

4) 原告らは各自の作業場で、日曜日を除いては毎日朝8時から夕方6時まで 上のような労働をしなければならず、一日の作業が終ると旧三菱が用意した寄宿舎に帰って食事をしたが、食事の量や質は著しく粗末で、4坪程の狭い部屋に6~8人の勤労挺身隊員が詰め込まれて生活した。朝鮮半島に残っている家族との書信交換も事前検閲に依って、その内容が制限された。

5) 原告らは自由な外出ができなかったし、集団で外出する時にも監視員が同行した。原告らは元来の約束とは異なり、学校教育も受けられなかったし、賃金を支給された事実もない。

6) 1944年12月7日午後1時30分頃、東南海地震が発生したが、亡金淳禮は本件の工場のうち、相当部分が崩壊して死亡したし、原告梁錦徳は天井が崩れ落ち鉄の棒が脇腹を貫通する傷害を負った。

7) 東南海地震以後、名古屋への空襲がひどくなると1945年1月頃本件の工場のうち、本部事務所、組立、部品制作部門は富山県にある大門工場に移転し、原告らも1945年春頃大門工場に移動した。日本が1945年8月15日第2次世界大戦に敗れると勤労挺身隊員らは1945年10月頃朝鮮半島に帰国した。

8) 原告らは帰国以後、周辺の人たちが勤労挺身隊員を慰安婦と誤認するや、勤労挺身隊員として日本に行って来た事実を隠したが、原告梁錦徳は結婚して10年程過ぎた後、その事実を知ることになった夫が家出したし、原告李東連は夫が死亡するまでその事実を隠し通したし、原告朴海玉はその事実を知ることになった夫と1994年10月頃離婚したし、原告金性珠はその事実を知ることになった夫から暴行を受け続けた。

エ、勤労挺身隊と慰安婦の区別

 1) 1930年代以後、特に日中戦争や太平洋戦争が全面化する1938年頃から1945年頃に至るまで、朝鮮半島の女性のうち多数が軍慰安婦として連行されたが、その大部分は10代から20代までで、未成年の女性も多かった。

 2) 上で見たように1943年頃から1945年頃まで、主に国民学校卒業直後の12歳から16歳程度の幼い少女たちが勤労挺身隊員に動員され日本に送られたが、その数は軍慰安婦に比べれば少数である。

 3) 軍慰安婦の場合、警察と軍隊の介入、拉致等の方法で連行されたりしたが、ほとんどは「工場に就職させてあげる」、「腹いっぱい食べられる」、「お金を沢山くれる」等の言葉で騙し、看護士、女子挺身隊、慰問団等に就業させて上げるかのように誘惑する方法で募集した。勤労挺身隊の場合、「女学校に通える」、「働いてお金も儲けられる」と騙して動員したし、ほとんどの場合は上で見たように国民学校の教師、校長、面長(村長に該当)等、行政機関や憲兵が関与して募集した。

 4) 軍慰安婦を募集する時、慰安婦という名前で募集したケースはほとんどなく、従軍看護員、女子挺身隊、慰問団、歌劇団、奉仕隊等、色々な名前で募集した。朝鮮半島では1940年以後、農村挺身隊、学徒挺身隊、報国挺身隊、国語普及挺身隊、報道挺身隊等、朝鮮総督府もしくは日本軍に依って挺身隊という名称が書かれた組織は社会全般にわたっていたし、1944年以後朝鮮総督府は大々的な宣伝で勤労挺身隊を動員した。

オ、日本国の強制労働禁止条約加入

 1) 日本国は1930年6月28日強制労働に関する条約を採択し、上の条約を1932年10月15日批准して、1932年11月21日批准登録した。

 2) 上の条約は強制労働を「ある者が、処罰の脅威の下に強制された、その者が任意に申し出たものでないすべての労務」と規定(上の条約第2条第1項)」している。また上の条約は例外的に強制労働が認定される場合を規定(上の条約第10条第1項)してはいるが、そのような場合でも推定年齢18歳以上45歳以下の壮健な男だけに強制労働させられる規定(上の条約第11条第1項)しており、女性や18歳未満の児童に対しては、いかなる強制労働も禁止している。

 3) 上の条約は合法的な強制労働の場合にも、相当金額の賃金を支給しなければならないと規定(上の条約第14条)している。

<2へ続く>
by fujikoshisosho | 2013-11-08 18:02 | 韓国レポート

2013.11.1 名古屋三菱女子勤労挺身隊訴訟 原告勝訴判決

11月1日、名古屋三菱女子勤労挺身隊訴訟の判決が韓国・光州地方法院(地裁)であり、三菱重工業側に対して賠償命令が出されました。
判決では、1965年の日韓協定で個人請求権は消滅していないとし、原告1人当たりに1億5000万ウォン、遺族には8000万ウォンを支払うよう、三菱重工に命じました。

・・・以下、報道記事から・・・

<11月1日 聯合ニュースより>
韓国地裁 三菱重工に元挺身隊女性への賠償命じる
2013/11/01 16:29

【光州聯合ニュース】太平洋戦争中に徴用され、三菱重工業の軍需工場で働かされた元朝鮮女子勤労挺身隊の女性と遺族計5人が同社を相手取り損害賠償を求めた訴訟で、韓国の光州地裁は1日、原告の主張を認め同社に支払いを命じる判決を言い渡した。

 三菱重工に対し、元挺身隊の女性4人に各1億5000万ウォン(1380万円)、死亡した妻と妹に代わって訴訟を起こした遺族1人に8000万ウォンの計6億8000万ウォンを支払うよう命じた。

 韓国の裁判所が日本企業に戦時徴用被害者に対する賠償を命じたのは、7月のソウル高裁(被告:新日鉄住金)、釜山高裁(同:三菱重工)での差し戻し控訴審に続き3件目となる。

 原告らは1999年3月に日本政府と三菱重工を相手取り日本の裁判所に損害賠償請求訴訟を起こし、敗訴したが、提訴から約14年にして韓国の裁判所で勝訴を収めた。三菱重工は1965年の韓日協定で個人の請求権は消滅したとする日本政府の見解に従って棄却を求めたが、認められなかった。ほかの訴訟の前例に照らし控訴するとみられる。

 光州地裁のイ・ジョングァン部長判事は法廷で原告らに慰労の言葉をかけ、「政府が被害から目を背けている間、15年近く訴訟を続け、ここまで来ることができたのは、市民団体や日本の良心ある人々の力が大きかった。日本の政府と企業が強制徴用の被害に関心を持ち、積極的に(解決に)乗り出してこそ、市民と両国政府の間の感情のしこりも取れるだろう」と強調した。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2013/11/01/0400000000AJP20131101002600882.HTML

<11月2日 北陸中日新聞より>
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11月7日には、いよいよ韓国で不二越訴訟の第一回裁判が開かれます。
by fujikoshisosho | 2013-11-04 12:48 | 韓国レポート


第二次不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会  連絡先  メールhalmoni_fujikoshisoson@yahoo.co.jp   電話 090-2032-4247 住所 〒090-0881富山市安養坊357-35


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